2016/4/9 日大・東海大対校
不定期特集 群雄割拠の学生やり投界
@日大・東海大編
今年は“やり投の東海大”
インターハイ優勝者の柿島が4年目にブレイクか?
男子学生やり投が活況を呈している。4月9日の日大・東海大(小田原)では4年生の元インターハイ・チャンピオン、柿島裕(東海大)が自己記録を約3m更新する75m28で優勝し、左投げ選手の日本最高記録をマークした。2年生の佐道隼矢(東海大)はファウルながら、80mラインを超えるビッグスローを見せた。
日大・東海大といえば昨年もやり投が一番の話題で、相原大聖(日大3年。当時2年)が77m40の学生歴代8位をマークした大会。今年は東海大が、やり投の話題を日大から奪った形となった。
柿島は2012年のインターハイ優勝者だが、国体では3位と敗れていた。インターハイでは66m35だったが(自己記録を約5m更新)、国体では64m93。大きく落ち込んだわけではなかったが、国体を69m95で制した2年生の相原の方が、期待度は大きかった。
インカレでしっかりと成績を残すことで、インターハイ優勝がフロックではなかったことを見せたい。東海大入学時にその思いはあったはずだ。
ところがインカレでは一度も入賞していない。関東インカレは3年連続で、日本インカレも2・3年と連続で、ベストエイトに残ることができなかった。
「インカレは嫌いなんです」
インカレのことを“嫌い”だと明言する選手は珍しいが、前後の話から“前向きな嫌い”なのだと伝わってきた。
インカレに入賞できなかったとはいえ、低迷したわけではない。1年時に69m台、3年時に72m台と自己記録を更新した。東海大投てきブロックにあって、やり投のレベルを上げ続けた功労者だ。
だが、本人のここまでの自己評価は低い。
「2年の時に足首を捻挫して、そこから歯車が狂いました。3年生で自己新を出しましたが、自分としてはピリッとしなくて、ずっと苦しんできました」
精神面が問題だったと柿島本人は判断し、「考え方を変えた」と言う。
「今年は4年生。記録にはこだわらず、笑って引退することが目標です。昨年までは何が何でも、という考え方でした。(インターハイ優勝が重荷になっていたことも)あったかもしれません。そういったくだらないプライドはすべて捨てて、自分を解放したら競技を楽しめるようになりました」
フィジカル面、技術面の進歩も当然あった。冬期は4カ月間やりに触らず、まずはフィジカル面のアップを図った。120kgだったベンチプレスは160kgまで挙げられるようになり、強引な後傾をして故障につながっていたクロスも改善できた。與名本稔コーチによれば、2〜3月のグアム合宿では短いクロスからの投げで、前年よりも5m記録が良かったという。
柿島本人は「良い投げをできたときの自分の映像を繰り返し見て、良いイメージを頭の中で定着させた」という。
與名本コーチ本人と選手たちの話を総合すると、東海大投てきブロックはメンタル面を重視したスタイルのようだ。夜遅くまでの練習を自主的に行い、休みの日に全員が練習に来たこともあったという。休まないことが良いわけではないが、競技に取り組む姿勢が前向きであるのは間違いない。
その中心的な選手が柿島なのだ。與名本コーチの「柿島はコツコツとやり続けて、決してえらぶらない」という言葉で、そう判断できた。
学生やり投界は群雄割拠の時代に入っている。
昨年は記録的には77m40の相原が学生トップだが、日本インカレと日本学生個人選手権のタイトルを取ったのは中西啄真(大体大4年)だった。記録2番手は森秀(日大2年)の76m12で、関東インカレで相原を破って優勝したときのもの。陸上ランキングの2015年男子やり投学生リスト
日本インカレで2位に入ったのは小椋健司(日大3年)で、“やり投の日大”の層の厚さを見せた。国体では小南拓人(国士大2年)が75m29で中西らを抑えて学生最上位の3位に。学生の記録3番手は75m83を9月末の九州学生選手権で出した河野充志(九州共立大2年)で、9月の日本インカレ3位、10月の日本ジュニア優勝と、勝負強さも持っている。
昨年はやや調子を落としたが、一昨年の日本インカレ優勝者の森誉(中大4年)も最終学年に懸けてくるだろう。一昨年のインターハイやり投2位(砲丸投&円盤投2冠)の石山歩(中京大2年)は、今季72m89と早くも自己新を投げている。昨年高校歴代5位の73m28を投げた長沼元(国士大1年)も注目選手。佐道は3月末に75m45のジュニア歴代7位を投げている。
柿島がこのメンバーに勝とうとしたら、昨年までのようにインカレでは力みが出てしまうのかもしれないが、今年はひと味違うメンタルで記録を伸ばしている。笑って引退できるような投げをすることができれば、4年ぶりのサプライズが起こるかもしれない。
佐道がファウルながら80mスロー
「やるべきことはポテンシャルをやりに伝えるだけ」
会場を驚かせたのが佐道の2投目だった。80mラインを僅かに超えるビッグアーチを架けたのだ。しかしやりだけでなく、佐道の脚も僅かにラインを踏み越してしまった。
「肩にはまった感覚の投げでした。80m行ったというよりも自己新は行ったかな、という手応えで、スタンドが“オー”っと沸いたのでやりの着地点を見たら、80mを超えていました」
佐道の話しぶりは冷静だった。
3投目以降は良い投げができずに71m07で5位。「助走スピードが落ちていたと指摘されましたし、自分の中でも納得できる投げではありませんでした」。
その結果、日大トリオに2〜4位を占められてしまった。3月末に75m45のジュニア歴代7位をマークしたが、安定性という点で課題を残した。
80mを再現する自信は? という問いに、次のように答えてくれた。
「マグレで飛んだわけではなく、理想の投げができて距離が出たと思っています。80mという数字は気にしていなくて、やるべきことはポテンシャルをやりに伝えるだけ。それなら再現することはできそうです」
2月にはフィンランドで、91年東京世界陸上金メダリストのキンヌネン・コーチから技術指導を受けた。
「冬期練習に入る前に、最後のクロスを右脚の踵を上げて接地する動きに変更したのですが、フィンランドでも『ヒールアップ』と指導していただきました。日本ではやっている選手はほとんど見ないのですが、ヨーロッパ選手では多いと思います。クロスの最後でスピードを落とさないための技術で、体が小さい日本人が外国人に負けないためには有効だと思います」
與名本コーチは「速く走る動作の延長が、最後につま先で接地する動きになる」と、スピードを重視した結果の動きであることを説明してくれた。
キンヌネン・コーチからは、左脚のブロックが曲がらない点も「パーフェクト」と高い評価をしてもらったようだ。
技術だけでなく、ひと冬で体重が7kg増えるなどフィジカル面も大きく変わっている。
佐道は早生まれのため、今年もジュニア資格がある。80mを再現できれば世界ジュニアのメダルも射程圏だ。
「まだ代表も確実ではないので目標などは話せないのですが、持てる力を出し切れれば、という考え方です」
それができれば村上幸史、、ディーン元気に次いで学生選手3人目の80m台選手が誕生する。
今年の“やり投の日大”はスロー調整
そして女子大物ルーキーが加入
東海大コンビに主役を奪われてしまったが、日大が学生男子やり投の最大勢力であることに変わりはない。日大・東海大では2位の小椋健司(3年)が74m06、3位の森秀(2年)が72m03、4位の相原大聖(3年)が70m41。この3人のほかにも、昨年74m11を投げている崎山雄太(2年)もいる。
東海大戦で75mを超えた選手は、関東インカレの代表に決定する予定だった。村上幸史コーチは次のように説明する。
「1人は届くかと計算していたのですが…。でも、今年は2月まではやりを持たず、3月10日の沖縄合宿から投げ出しました。今年は3人とも、日本選手権に合わせていますから」
昨年は、日本選手権の標準記録を、春の試合で投げる必要もあり、早めの仕上げだった。昨年のうちに記録を残している今季は、鍛錬期を長くとることができた。
今年の日大やり投勢には、もう1つ大きな変化がある。男子中心の大学だが、世界ユース金メダリストの北口榛花(1年)という女子の大物選手が加わったことだ。北口はインターハイと国体も制し、日本ジュニア優勝時に投げた58m90は高校新、ユース日本最高、ジュニア歴代2位である。177cmと体格に恵まれ、女子投てき界の期待を集めている逸材だ。
3月から日大の練習に合流したとはいえ、まだ1カ月。それほど大きな変化は期待できない時期のはずだが、北口は練習で投げる距離が伸びているという。
「高校では50mも出ていませんでした。国体(優勝記録は57m02)の前も、クロス走だけで51mでしたね。試合になると5mくらい伸びるんです。それが日大に来てからの練習では、54m出たこともありました。練習での距離は気にしていないのですが、周りの男子のやりを見ていることで、自然と距離が出たのだと思います。練習が試合に近い雰囲気になっていて、(身体的な感覚では)背中の使い方が高校の練習時とは違ってきました」
高校2年時にインターハイで優勝したときは、短助走でぎこちない動きだった。それが3年時には進歩を見せ、世界ユース優勝時には前年との違いを「助走です。スピードも速くなってきて、かなり修正されてきました」と話していた。
日大では「多くのヒントをもらいながら練習している」が、そのうちの1つが助走である。
「私も遅いなりに助走を速くしようとしてきました。もちろん速い方が良いのですが、速くというよりも楽に、ということを言われます」
ノビシロしかない、と言われてきた北口の助走がどう変化していくのか。今季の学生女子やり投の注目点の1つだろう。
学生やり投界は女子も群雄割拠と言われている。
現役学生最高記録の58m98(学生歴代2位)を持つ久世生宝(筑波大4年)は、昨年の関東インカレに優勝。日本インカレは高校時代から勝負強さが際立っていた斉藤真理菜(国士大3年)が制した。昨年の記録トップは58m76の学生歴代3位を関西インカレで投げた山内愛(大体大4年)だ。
日本選手権3位、国体3位と、実業団勢と一緒の試合では斉藤が最上位を取っているが、日本学生個人選手権では14年アジア・ジュニア優勝者の當間汐織(九州共立大3年)が、斉藤を破って優勝している。
そこに北口と、北口の前の高校記録(58m59)保持者である山下実花子(九州共立大1年)が加わる。久世、北口、山内、山下が58m台で、斉藤も57m90の記録を持つ。
58m台から抜け出した選手が59m22の学生記録を更新し、学生初の60mスローワーの栄誉を手にするはずだ。
だが、そのレベルを一気に超越してしまう可能性があるのが北口である。村上コーチが次のように期待を口にした。
「この前、練習で初めて教えましたが、練習では飛ばないタイプですね。それでも、リオ五輪の可能性もありますよ。弱点は、挫折も含めて経験をしていないこと。ここまでトントン拍子に来ているので、それがどう出るか。標準記録の62m00を簡単に超えてしまうかもしれないし、その手前に(やりが)落ちるかもしれない」
09年世界陸上銅メダリストも北京五輪までは予選落ちを繰り返し、世界で戦うことが簡単ではないことを身をもって知っている。
北口の今季にも、両方の可能性がある。
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